のんびりおしゃべり 非二元論

ネットラジオのブログです

川と雲の物語

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山の泉から流れでた小さな流れがあった。

生まれたばかりの小さな流れは、
できるだけ早く海に流れつきたいと望んだが、
まだ、いまここで平和に生きるすべを知らなかった。
まだ若かったので性急だった。
「私は家にいる、私はすでに到着している」
という練修など知らなかったので、
流れはどんどんと山を下り、
平野に着き、
やがて一本の川に成長した。

川になれば、
もっとゆっくり流れなければならない。
川は、
これでは海に着けないのではないかと怖れて、
イライラした。
しかし、
どうしてももっとゆっくりと流れなければならないので、
流れはさらに静まり、
川面は空の雲を映しはじめた。
茜色、
銀色、
そして白い雲が流れていった。
雲はすばらしいかたちをしていた。
一日中、
川は雲たちを追いかける。
川は雲に執着し、
雲がいつもすがたを変えるので、
雲の無常に苦しんだ。
雲はいつも風にふかれて川を置いてきぼりにしてはどこかに行ってしまう。
川はどれほど苦しんだことだろう!
何度も何度も川は雲にしがみつこうとするが、
雲はじっと一か所にとどまって川と一緒にいてくれない。
川は悲しかった。

ある日のこと、嵐がやってきて雲をみな吹き散らしてしまった。
天蓋は空っぽになり、
透きとおった青一色となった。
川の落胆はひどかった。
もうあの雲を追いかけられない!
空には雲ひとつなく、
はてしなくつづく青い空は川を絶望させた。
「雲がいなくなってはもう生きている理由もない。
愛しい人を失ってどうして生きていったらよいのか」
川は死にたくなったが、
自分を抹殺することなどできない。
一晩中川はむせび泣いた。

その夜、
ふと気がつくと自分の流れる音が聞こえてきた。
むせび泣く川の音は、
波が岸辺をひたひたと打つ波の音だった。
我に返って自分自身のすすり泣きを聞いたとき、
川ははっと気づいた。
それはすばらしい洞察だった。
川の本質は雲と同じだと気づいたのだ。
川は雲だった。
雲は自分自身の存在の深みにちゃんといたのだ。
川と同じように、
雲もその存在を水に根ざしていた。
雲は水からできている。
川は思った。
どうして僕が雲を追う必要があるだろう。
僕が雲でないならば、
雲を追いかけるのももっともだが。

寂しく孤独のどん底に落とされたあの晩、
川は目覚めて、
自分も雲だったと気づいた。
翌朝、
川をあれほど苦しめ孤独にさせた真っ青な空っぽの空は、
何か真新しいもの、
すばらしく、
澄みわたり、
輝くものに変わっていた。
空の青さは、
川が新たに見つけた自由と天真爛漫さを映していた。
大空はすべての雲の住み処で、
雲は空以外では生きられないとわかった。
雲の本質は到着したり出発するものではないと理解した。
もしそうならば、
どうして川が泣く必要があろうか。
まるで雲から引き離されたかのように泣く必要がどこにあろうか。

川はその朝、
もうひとつの洞察を得た。
川は空の不生・不死の性格を知ったのだ。
川の心は静かに安らいだ。
それからというもの川は嬉々として空を映しはじめた。
以前には川は空を映したことがなく、
ただ雲だけを求めていた。
いまや空は、
いつも、
いつも、
昼も夜も、
川のためにそこにあった。
これまで川はものごとの本質に触れたいと望んだことはなかった。
川はただ生や死のある変化のすがたに触れたかっただけだった。
大空に触れたいま、
川はとても平和で静まっていた。
こんな穏やかな静けさを感じたことはなかった。

雲が戻ってきた午後のこと、
川はもはや特定の雲に執着することはなかった。
自分だけのものと感じる雲はひとつもなかった。
川は通りすぎる雲のひとつひとつに微笑みかけ、
すべての雲を歓迎し、愛おしく見つめた。

いま川は平静さをとり戻して特別な喜びを感じていた。
川は特別の雲だけを愛したり、
特別な雲だけに執着することがなかった。
川はすべての雲を愛するようになり、
空をゆく雲を映しては楽しんだ。
雲が去っていくと、
川は雲に呼びかけた。
「さようなら、
またすぐに会いましょう」
そして心が軽くなった。
川は雲が雨や雪になったあと、
また川のもとに戻ってくることを知っていた。

川は自由になった。
海まで滔々と流れていく必要さえないように感じた。
その晩、
満月が昇り、
川の底深くまで月光をそそぎこんだ。
月と川と水が一緒に瞑想の練修をしていた。
川は自由のままに、
この瞬間を楽しんだ。
川はすべての悲しみから解き放たれていた。

「死もなく、怖れもなく」 ティク・ナット・ハン



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分離した個人を前提としたメッセージばかりが溢れていますが、
そうではないメッセージであれば、小さな声でも誰からでも。

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史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち

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史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち
飲茶 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/B01MFARX1A/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_vkQREb739J84F

先日、ふたりでおしゃべり 第5回をアップロードしました。
第4回の終わりにスズさんからリクエストのあった、
「非二元論は誰が言い出したの?」という素朴な問いに、
飲茶さんの名著「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」を元に
何とかお答えしようと頑張った回になりました。

上手く伝えられなかったところも多いかと思いますので、
興味を持たれた方は、ぜひ飲茶さんの
ユーモアに溢れた素晴らしい元の本をオススメします!


過去は全て3つ目の世界=解釈の世界、
であるならば、ましてや歴史など壮大な虚構に過ぎません。
でも真理は一つで、メッセンジャーが本物であれば、
このメッセージ以外は有り得ないと感じます。

そして本当に大切なのは、
後半の「虚構の物語」の話より、
前半の「私達一人一人が自分の中の真実を探す旅に出るか」の話
だと思っています。

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夜空ノムコウ

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昔よく聴いた歌のあるフレーズが、
何故かいつまでも耳に残っている・・・。
そんなことはありませんか?

私にとって
「あの頃の未来に、僕らは立っているのかな」
という
SMAPのヒット曲「夜空ノムコウ」
の歌詞は、まさにそんなフレーズの一つでした。

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夜空ノムコウ:SMAP
Amazon.co.jpによる詳細はこちら: https://www.amazon.co.jp/dp/B00005・・・



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掃除すべき場所

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「散らかしてはいけない」
と世間は言います。
私たちにとって、
宗教のようなものです。

けれどもその言葉の中に
懲罰的なトーンをどれだけ込めても、
効果を発揮した試しがありません。
頭の中が散らかっていると、
生活も散らかります。

家やオフィス、
机を片付けようとしても、
うまくいきません。

けれども、
あなたの考えを片づければ、
オフィスや家を片づけることは楽になります。
思考に取り組めば、
人生が質的変化を遂げるのです。

オフィスの乱雑さは問題ではありません。
あなたの上司が、
「あなたの乱雑な仕事場を一年間きれいに保ったら、
一億円あげるよ」
と言ったとしても、
うまくいきません。
なぜならあなたはどうやったらいいか、
わからないからです。

「私はゴチャゴチャを片づける必要がある?」
ーいいえ。
あなたの考えを片づける必要があるのです。
他に片づけるものはありません。
それができれば、
残りのことも自然にできます。

掃除すべき場所はただひとつ、自分の頭の中です。

「新しい自分に目覚める4つの質問」 バイロン・ケイティ

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死もなく、怖れもなく

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あなたに近い人が、
いつも見慣れた気づきやすいものになって顕現しないからといって、
その人が存在をやめたとはいえないし、
その人がそこにいないことにはならない。
深く見つめてみたら、
他のいろいろなすがたになったその人に触れることができる。

ある日私は、
幼い息子を埋葬したばかりの若い父親の手をとって、
すがたを変えた息子を探す散歩に連れだした。

その子は幼くしてプラムヴィレッジに連れてこられ、
菜食主義の食事を楽しんで食べる練修をしていた。
その子は小づかいと臨時でもらったお駄賃をさしだして、
これで自分の梅の木を買って植えてほしいと私に頼んだ。
彼はプラムヴィレッジに果物を植えて、
世界の飢えた子どもたちを支援する仕事に加わるのが夢だった。
梅の木にはたくさんの実がなること、
果物を売って第三世界の飢えた子どもたちの援助ができることを知っていた。
歩く瞑想や座禅をよく学び、
仏法の修行に励んだ。

この子が病気になって入院したので、
ボルドーまで見舞いに行くと、
その子は私に言った。
「おじいちゃん先生、
僕は先生のために歩く瞑想をするよ」
彼はベッドからおりて衰弱した身体で私のためにしっかりと歩いてくれた。

私の訪問からほどなくして、この子は亡くなった。
少年の火葬の日に、
私はこの子のためにお清めの水を撒き般若心経を唱えた。
一週間後に、
私はその子の父親の手をとって歩く瞑想をし、
いろいろなかたちに変わった少年のすがたを教えた。
この子と一緒に植えたあの梅の木のところまでやってきて
午後の陽ざしの中に腰を下ろしたとき、
私たちふたりにはあの子が梅のつぼみや枝から手を振っているのが見えたのだ。

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「死もなく、怖れもなく」 ティク・ナット・ハン
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